ハナスバ2018

ワーク×ライフ=幸福?!
アートがしかける仕事と生活のよりよい関係
2018年8月18日(土)・19日(日)
福井 北ノ庄クラシックス

今回のハナスバは、日本学術振興会科学研究費助成事業【基盤研究(C)「アートがつくる新たな支援者関係、その実証的研究」】の成果発表会を兼ね、研究代表者である仁愛大学教授の三脇康生氏と福井芸術・文化フォーラムの共同企画により行い、科研費から資金の援助を受けました。

力関係がはたらく人間関係の中でアートが触媒になることで新たな人間関係が構築され、その先には様々な“変化”が生じる状態を示す「オペラトーレ」をテーマに、先駆的事例を紹介しながら、集まった皆さんと考えを深めていきました。

18日の「聴く編」では、アートといっても高尚なものを示すのではなく仕事ではない生活(遊び)の面から捉え、その事例として、大学生と福祉施設がタッグを組み関係する人みんなを“クリエイター”として位置づけた滋賀県でのアートプロジェクトや、福井県若狭町に誕生した子どもの美術・障害のある人のアート(きらりアート)・現代アートを並列に展示する美術館の取り組みについて、実践者の生の声を聞きました。最後には、トークセッションで参加者の皆さんからの声もいただきながら、テーマについて語り合いました。また、19日は「話す編」として「働く」をテーマに「てつがくカフェ」を行いました。

ここでは主に「聴く編」を中心に、2日間の内容をレポートします。

文/荒川裕子(福井芸術・文化フォーラム)


報告「大学生×障がい者支援施設×地域」
-日本遺産滋賀・びわ湖フィールドサーヴェイプロジェクト2017の試みから-

ハナスバ2018
日本遺産滋賀・びわ湖フィールドサーヴェイプロジェクト2017」では、信楽青年寮の施設利用者、支援者、成安造形大学の学生、教員、招聘アーティスト全員をクリエイターとして位置づけ、誰かが主導権を握るのではなく、フラットな関係性においてクリエイターみんなで相談しながらプロジェクトを進行したということが根底にあった。

大学からプロジェクトの誘いを受けた信楽青年寮は、施設としてもこのような機会を待っていた。というのは、近年利用者の作品が美術館やギャラリーで展示されたりする機会は増える一方で、作品は知っているが作家は知らないということが起こっているからだ。あくまでも福祉施設のミッションは「社会参加・地域貢献」。信楽青年寮の特徴として、地域に出て就労することであり、働くことでの社会参加を実現している。作品だけが一人歩きしている現状は本来の施設のミッションとはズレが生じているのである。

クリエイターらが訪れた島やお寺から着想を得て創作したポスターをプロジェクトの成果物として当初考えていたが、結果的には展覧会を開催するに至った。展覧会開催はみんなの中から自然に生まれたものであった。

作品を見てもらうことは利用者の「社会参加」と、信楽青年寮の石野さんはきっぱりおっしゃる。作品を見てもらう機会は作者にとってのモチベーションに明らかにつながり、そのご縁がかけがえのないものだから。また、プロジェクトに参加する信楽青年寮のもうひとつのねらいは、いろんな職員が利用者を“知る”ことであった。職員といっても、日中活動の支援、生活の支援、庶務、給食と分かれているので、互いの名前と顔は分かるが、その人がどんな人か知る機会はない。利用者と外に出かけ、創作の現場を目の当たりにすることで違う一面を発見し、今までとは違う関わり方ができることで支援の“質”が変わることを期待した。

クリエイターとして信楽青年寮の利用者と一緒に創作に関わった学生は、創作の場面でも、お出かけの場面でも、新たな価値観に触れる機会となった。描きたくない時は描かない、創作の過程に自由度が高いことなど、その人のありのままを受け入れるといった経験を、自分自身の創作にも活かしたいと思ったそうだ。

プロジェクトの集大成として行われた展覧会は、いわゆる予定調和ではない展覧会であった。展覧会ありきで作品をつくった訳ではなく、クリエイターたちの関わりの合いの中で生まれた、あくまでも自発的なものであった。「せっかく作品をつくったのだから展覧会をやりたい」「もっと学生と関わりたい」「多くの人に作品を見てもらいたい」――自然と向いた流れであった。そしてそれは支援する側/支援される側という境界線が曖昧になることで、それぞれの力が何倍もになるプロジェクトだった。


報告「美術の視点から社会をゆらす-熊川宿若狭美術館-」

ハナスバ2018
熊川宿若狭美術館は「子ども美術・障がい者アート・現代美術」を並列に展示する美術館として2018年5月に開館した。美術館を運営する「若狭ものづくり美学舎」は、ひきこもり・不登校・発達障害等の対応する施設が若狭地方にはなかったことを背景に、学校教育では対応することが難しい問題に対して美術の視点で解決をすべく立ち上がった学校である。

ものづくり美学舎が手がける9つのプロジェクトのうちの1つが「熊川宿若狭美術館」であり、美術館から共生社会を発信するコンセプトで日本遺産鯖街道の中枢熊川宿の古民家を再生して運営されている。

・子ども美術・障がい者アート(きらりアートと呼んでいる)・現代美術は対等である。
・子ども文化は美術文化。乳幼児は五感で物事を捉える時期で、そういった時期にこそ自然の中で自由に造形活動をすることで絵的思考(想像力)が出来る大人になっていく。
・そもそも人類の歴史は美術文化。文字文化は美術文化の後。そのことから絵的思考が人間の根底と言える。
・子ども美術を理解した時に、真の障がい者アートを理解できる。
・障がい者アートを「きらりアート」と名付けている。それは一代限りのアートである。
・きらりアート部(ものづくり美学舎)で活動している人たちの中には、絵を描くことによって問題行動がなくなったり、就労に結びついたりと、その人自身に大きな変化をもたらした事例がある。
・何かを教えるのではなく、誉めて、励まして、やる気を出させることで、彼らのリアリティを引き出している。
・現代美術は、作家が美術史を学び創作し次の時代に受け渡す「つながりの美術」でもある。
・3つの美術を対等なものと捉えているのが熊川宿若狭美術館である。


トークセッション「ワークとライフのよりよい関係とは?」

ハナスバ2018
馬場晋作(成安造形大学芸術学部准教授/美術家)
石川 亮(成安造形大学芸術学部准教授/美術家)
森 太三(美術作家)
石野大助(信楽青年寮支援員)
長谷光城(熊川宿若狭美術館館長)
荒川裕子(福井芸術・文化フォーラム事務局/アートマネージャー)
進行:三脇康生(仁愛大学心理学科教授/精神科医)

この企画を行うにあたり、福井での障害のある人の芸術活動にリサーチし、いくつかの福祉施設にヒアリングに訪れたが、そのなかで、とても魅力的な活動を行っている「ハスの実の家」のアートクラブ活動に出会った。トークセッションの冒頭、「ハスの実の家」の担当者から活動についてまずはお話しを伺った。

ハナスバ2018ハスの実の家 “仲間”の日中の活動(特性に合わせた仕事)や共同生活の場においては消化できないものがきっとあり、それは言葉では伝えられないけれど、伝えたい自分の想いがあって、自己表現を作品にするというのがアートクラブです。創作のテーマもみんなで(仲間も職員も)決め、そのことも含めてアートクラブの活動なんです。その作品はアートとは言えないかもしれないけれど、つくる時間を大切にしているんです。

三脇 結果(作品)だけをとってくるのではなく、創作の過程が大事という話が出たが、重要なのは過程?

長谷 そもそも、学校教育の中で美術、音楽、体育というのは「非言語教科」であって、生きるために必要なもの。感じて、表現して、充足するということ。表現することで心が満たされ安定するという、根底が大事なのであって、社会の中で美術活動が提供されるべき。働いて、その息抜きに創作をするというのではなく、幼児でも障害者でも根底を大事した上でのアート活動が重要。

石野 難しいですが、作品づくりは結果しかないのでは。例えば100人いたら100人が同じ絵を描くのではなく、みんなばらばらで、誰かの目にとまって売れていく。たくさん描いている人でも、1枚も売れない作品もあって。信楽青年寮の利用者さんも、全員がアート活動を行っているのではなく、陶芸よりも園芸が好きな人もいる。絵が好きなら自分で画材を買って絵を描いている人もいて、好きなら生活の中でそういったシグナルを出している。われわれ支援員は、そのシグナルを察して広げていくことが役割。

三脇 成安造形大のプロジェクトは過程を大事にしているところを探した?

石川 プロジェクトの相手先をいくつかあたっていたなかで、結果よりも過程を重視して、様々な人どうしが関わった結果としての発信ができたらよいなという投げかけをしたが、無理だという反応もあった。半年間という短い期間で交流して、日本遺産である「琵琶湖の暮らしと水遺産」を発信するという結果を求められたからだろう。そんななか、石野さんに話をもっていくと「おもしろい」という反応だった。利用者さんと交流しながら、大学の教員や生徒と絡むのがおもしろいと言っていただき、作品の結果だけを求めていないことに好感触だった。

石野 過程と結果という話の中で、利用者さんは過程を楽しまれているというのは言える。過程があって結果があり、とても難しいが、捉え方(市場主義かどうか)によっても変わっていく。

長谷 作品には全て過程が含まれている。造形は形を造ると書き、造という漢字は「いたる」とも読む。過程は形にいたったかどうか。形をつくらそうと仕向けずに。そこを共有していれば、過程を重視しても結果として出てくる。形をつくらせようとしないこと。

三脇 形をつくらせようとするのは市場主義で、過程でも結果でも向いている方向が重要と。

ハナスバ2018石川 プロジェクトでは、日本遺産を発信するというテーマを共有し、そこで何かできたらいいなというぐらい。今回は市場は意識しないでおこうと決めた。

三脇 プロジェクトにアーティストとして関わってみての感想は?

 特に気構えもなかった。信楽青年寮の人たちは“生み出す人”であって、何かできると思った。自然と「展覧会しましょう」という流れになった。目的があった方がプロジェクトを進めやすいし、お出かけして、作品をつくるということを、あの時はみんな何となく思っていた。

石川 作品をつくりだした頃から、展覧会をするという流れになった。展覧会をするならもっと作品つくる、つくりたいというように。現場のみんながそう思っていた。

長谷 成安造形大学が関わってのプロジェクトはとてもいい。「きらりアート公募展」を今年で9回開催しているが、現場はもっとその人のよさを読みとらないといけない。こちらは作品に職員の手が加えれたり、造形活動以前の問題だが、作業としてやらせていたりしている。最近では、クリエイティブな作品が出てくるようになったが、その良さを殺してしまったりもしている。「形にいたる」で言うと、作品は人に見せてこそ。見せなかったら意味がない。見せ方の問題は大きい。

三脇 テーマ「ワーク×ライフ=幸福?!」について。報告いただいた事例からも、人と関わってライフがあり気持ちが安定して、ワークが活きてくる。そのワークにも楽しみもあって。死んだワークだとライフも活きないし、活きたワークはライフも活きる。そのあたりどうか?

長谷 ワーク=作品と名づければいい。関わってライフ、ライフは作品。作品はワークそのもの。(障害のあるアーティストと関わる場面において)アート側が利用(市場主義)してしまう危険性もある。アート側が利用されればいい。大事なこと。

三脇 それらを社会の中で伝えていくことは、発信し続けるということか。やはり、社会で働く中でも「表現する」というすきまのようなものをもたらした方がいい。

長谷 作品はローテク。世の中はハイテク。一代限りのアート(きらりアート)は世の中の流れとは対極であるからこそ、それを生かしていくこと。存在価値をよみがえらせていく。

ハナスバ2018三脇 (学生に質問)プロジェクトに参加したことで自身の創作に何か影響はあったか?

内田 普段は接しない方々のいろんな視点を知ることができ、広がりがあった。違いがあることを認識して、それを種に今までとは違う方向に広げられたらいいなと思う。

上井 過程と結果の話があったが、自分は過程を重視するタイプで今回のプロジェクトはやりやすかった。知らない人と会って、関わりの中で創作していくのは自分には合っていた。

馬場 (話してくれた)二人の作品をもってきた。利用者さんのつくったものを取り込んで作品にしたり、利用者さんが書いたものの上に学生が描いて作品にしたり。上に描くということで、潰してしまわないか悩んだが、結果その方がリアリティはあった。

三脇 利用者さんと一緒につくるということに、相手の作品を潰してしまうのではないかという迷いはあった?

内田 私自身、このプロジェクトには芸大生だからとか、芸術を学んでいるとか、そういうのはとっぱらって、単につくるのが好きという思いで参加した。上から潰してしまうんじゃないかという迷いはなく、一緒にやったという気持ちが強かった。

馬場 実は、プロジェクトのメンバーも流動的だった。事情があって途中で抜けてしまったり、逆に二人のように途中参加で、最後は巻きでがんばってくれたりと。二人は利用者さんとだけの関わりではなく、支援者ともメールのやりとりをしてもらった。利用者さんがどういう状態かを聞いてもらって、三者(利用者・支援者・学生)でつくっていった。

三脇 森さんは率直にこのプロジェクトはどうでした?

 特別な感じでもなく、普通にという言い方もなんですが普通におもしろかった。大学や青年寮のそれぞれの意図はあったと思うし、自分にもこうしたいという思いもあって。それをひっくるめてもおもしろかった。

石野 以前「アートコミュニケーション」というプロジェクトで、陶芸の森(滋賀県)の作家さんと利用者さんが合同でひとつの作品をつくったことがあった。お互い手探りで、コミュニケーションの中でやっているが、双方が対等に意見を出し合いながつくるというのはまずできない。どうしても作家の意見が強くなってしまう。信楽青年寮は作品づくりにおいて人的交流を大事にしているので、決して作品づくりが全てではない。そういう経験を踏まえての今回のプロジェクトだったので、人的交流からどう作品にしていくのかを悩んだし大学側と話をした。利用者さんがつくるものに、学生さんが重ねるというのがよかった。もし、合同で一つの作品をつくっていたら、前と同じ結果だったかもしれない。今回の創作の手法も、ひとつのコラボレーションなんだと、新たな発見があった。どっちが良いという話しではなく。利用者さんは、それまでは関わることのない人たちと出かけて、一緒に作品をつくり、それがとてもうれしい体験だった。

長谷 互いがぶつかりあって、異質なものをつくる。その理念はいい。

石野 美術館、ギャラリー、行政等と展示の機会はあるが、それは発表の期間だけのお付き合いで、創作する機関とのお付き合いはなかなかなかった。共につくっていく経験は今までにはなかった。結果的には苦しんだ部分はあったが、信楽青年寮としては人的交流をしながらプロジェクトをどういう形にしていくか、悩みながらつくっていった。

(以上、トークの内容をもとに再構成しました。)


「てつがくカフェ」の様子。
会場内では、日本遺産滋賀・びわ湖フィールドサーヴェイプロジェクト2017の作品展示も。


ハナスバ2018、その後

ハナスバ2018福井芸術・文化フォーラムは、福井大学国際地域学部の課題探求プロジェクト(Project-Based Learning、以下PBL)授業協力を行っています。PBLは学生3人がチームを組み、福井県内の企業や団体に出向いて様々な課題を知り、調査・課題解決の提案を行う実践的な授業です。

当フォーラムには安藤朱音さん、土谷真輝さん、平野華さんが6月から来てヒアリングを進めるなか、文化芸術全般の課題である「社会包摂」というキーワードから調査・課題解決の一端を担うプロジェクトを立ち上げました。

今回のハナスバに刺激を受けた3人は、福祉施設「ハスの実の家」とコラボレーションした企画を現在進めています。


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